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| 「蛇崩」 は今から120年以上前の明治22年、町村制施行に より公式につけられた地名でしたが、昭和7年の目黒区誕生 を機に消滅。今は蛇崩交差点や蛇崩川にその名前が残って いるだけで、目黒区蛇崩5丁目などという住所は存在しません。 さて、その名の由来ですが諸説紛々ありまして、中でも一番 もっともらしいのが 「大昔、洪水の際、崩れた崖から大蛇が 出たことからこの地名が生まれた」 という 『大蛇伝説』。個人 的にもこれを押しています。 また、蛇崩川 ( 世田谷区弦巻の辺りを水源として蛇崩の地を 通り目黒川へ合流している川 ) が最初に名づけられ、ゆえに 地名も蛇崩となったという説もあり、その由来として 「蛇行して 流れていた川が、大雨の時に水かさを増して逆巻く激流となり あたかも蛇がのたうちまわる様に見えたので蛇崩川と呼ばた」 や 「川岸の砂利や砂などが多く含まれた土壌が、よく崩れた ので砂崩川と呼ばれ、それが転じて蛇崩川になった」 などが 挙げられます。 さて、少し視点を変え、広辞苑を引いてみると 「じゃくずれ」 は 「蛇崩れ」 と書き 【 がけなどの崩れること。また、その崩れた 所。山くずれ。】 という意味で載っています。とすると、蛇にまつ わる由来とは全く関係なく、ただ単に “この地で度々、崖崩れ があったから蛇崩と呼ばれるようになった” とも思われます。 もっとも、わが街、蛇崩の名が最初につけられ、その後で崖崩 れのことを指す言葉として「蛇崩れ」が定着したのでは ・・・。 と、考えるのは虫が良すぎるかしら? いずれにしろ、ここ蛇崩には急な坂が多く、昔は急斜面の 崖もありました。また蛇崩川も街中を縫うようにして流れていた 川で子供心に恐怖を感じたこともありました。今でこそ人通り も交通量もかなり多い活気のある街となりましたが、昭和の 初めの頃はとても寂しいところだったと聞いています。長い 年月をかけて崖は浸食されて高低差も少なくなってきたので しょうが、大昔は、千尋の谷を想わせる地形の辺境であった と想像できます。 自然に対する畏怖が、今とは比べものにならないほど大き かった時代、洪水の度に崖が崩され、家や田畑が潰されて 幾人もが犠牲になる。村人のその恐怖心が、いるはずもない 大蛇を生み出し、“大雨になると川の氾濫とともに大蛇が現れ 大暴れする” と、恐れた・・・。 それが 『大蛇伝説』 の真相なの かも知れません。 さてさて、現在の蛇崩は、人家やマンションが建ち並び、崖 だった所は整地され昔の面影もありません。蛇崩川はフタを され緑道として整備されて、今は地下を流れています。 もう、この蛇崩の地に伝説の大蛇が現れ、大暴れすることも ないでしょう ・・・。 株式会社 橋本酒店 |
参考文献・参考資料
烏森小学校報−創立25周年記念特集号所収「烏森郷土史話」
(昭和28年3月20日発行)
目黒区教育委員会社会教育部 編集−「学習情報誌 あるこ」
(平成4年3月31日発行)
目黒区発行−「みどりの散歩道 東山貝塚・蛇崩川コース」
(平成6年3月31日発行)
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